結論から言えば、私が思うに、科学も人間の感情や主観から自由ではない。その理由を列挙すると、次のようになる。尚、ここでの議論は一部に社会科学を暗に想定したものも存在するが、科学一般に適合すると私は考えている。
①ある現象を再現するモデルは複数考案されるのが普通であり、そのうちの何れを選択するか、また自分ならどうモデル化するかに個人の主観が反映する。
②「人間の思考能力や行動基準を~であると仮定すると、経済現象に~という性質が現れる」という数学的、ないしアルゴリズム的に記述される“科学的事実”は人間の主観に対して独立だが、その仮定と帰結が現実社会に適合するかどうかはその時々の様々な経済的状況に依存し、“正しい理論”が何なのか決定することが出来ない。
③そもそも科学において何を研究したいのか、その方向性や問題意識が応用科学や工学等の現実世界と密接に関係しており、科学の進展方向は現実世界に非依存ではない。
以下、それぞれ説明する。
①について
例えば流体の運動なら(何らかの極限を取れば何れもNavier-Stokes方程式と等価だと数学的には示されているが)フラクショナル・ステップ法やSPH法、MPS法に格子ボルツマン法等の様々な全く異なる表現で書き表すことが出来る。空間の不動な各点に速度や圧力等を成分とするベクトル場が広がっていると見ても良いし、そういう計算格子が拡散したり集まったり変形して、時に一滴の飛沫になる世界観も良い。果ては、規則的な世界に有限個の矢印があって、その方向に1単位時間に1マスしか進まない仮想的な、存在密度の流れでさえ構わない。これが社会・経済現象となると更に難しく、何らかの極限を取ってもモデルの意味が一致しないということも普通である。例えば金融市場のstylized factsを再現するモデルとしてGCMG(grand canonical minority game)やマスロフモデルがあるが、前者は状況に適応して知的に振る舞うエージェントの挙動をモデル化して金融市場の価格決定メカニズム(ザラバ、学術的には連続ダブルオークション)を無視しており、逆に後者はエージェントの知的挙動は全く考慮しない、単なるランダムとして扱い、市場の価格決定メカニズムのみをモデル化している。従って、どう考えても両者は同一のモデルとして考えることはあり得ない訳だが、どちらもstylized factsを再現することが出来る。
②について
①後半の金融市場の例で近いものを挙げたような気はするが、やはり別個の概念として存在すると思うので、典型的な例を挙げる。高校の政治経済の授業ではセイの法則とケインズの有効需要の法則を習う筈なのであるが、その矛盾を考えたことはあるだろうか。前者では供給は需要を創造する、即ち作れば作っただけ売れると主張するのに対して、後者では需要があって初めて供給がある、即ち作り過ぎれば売れ残ると主張している。この矛盾は、決して片方が間違っているという訳ではなく、仮定している前提状態が異なるのである。雑に説明すると、前者では価格は常に変動し、生産者は値引きをしてでも全ての商品を売ると考えるのに対し、後者では生産者は価格を下げず、そして売れ残りが発生すると考えている。これまた極めて雑な議論で申し訳ないが、前者が(新)古典派で、後者がケインズ派と呼ばれている。数学的にはどちらも正しいが、どちらが現在の社会状況に整合するのかはその時々で異なる。多分今の日本のような状況だとケインズ派の方が正しいんじゃないかと根拠は無いが個人的には感じている。
③について
先ずは分かり易いであろう②の延長戦で話を進めると、ケインズが出てきたのは当時不況であり、従来から存在した古典派の理論では状況を説明出来ず、不況を脱することが出来ないという現実世界からの問題意識があった。科学が現実世界に影響されていることの証左である。これは経済学のような社会科学だけでなく、数学や物理学においても類似の例は多々ある。例えば数学の微積分学は(ライプニッツがどうだかは知らないが)ニュートンが力学の問題を記述する為に開発したものであるし、関数解析や作用素の概念は量子力学を正確に記述する為の表現として誕生した。微分幾何学はアインシュタインの相対性理論を書く為である。純粋な理論と思われている数学も、どの方向に進化していくか、その問題意識は強く現実世界にリンクしている部分もあると言って良いだろう。物理学においても同様で、空気動力学は航空機の飛行を研究する為に発展したものであるし、流体力学の境界層理論はコンピュータの無い時代に手計算で飛行機の翼の回りの流れを計算し、揚力から飛行能力を導出する為に使われるものだ。
結局、私が言いたいのは、純粋な科学と雖も現実世界の問題から離れられず、科学のより良い発展には現実世界との向き合い方、問題意識の発見の仕方が重要なのではないかということに尽きる。
2015年4月28日火曜日
2015年3月28日土曜日
自作数学問題
高校数学の範囲でエージェントベースシミュレーション(ABS)の解析解が出せるということに感動したので、その一つであるMDRAG(market-directed resource allocation game)の相転移の解析解の導出を、数学の問題形式にしてまとめてみました。本質的アイデアを損なわずに適度に近似して、複雑な現象の一端を簡単に理解出来るということは素晴らしいです。ABSを解析的に解くとはどういうことか、物理や工学での数学の実践的姿はどんなのか、大学の勉強はどんな感じなのか、そういうことに興味がある人に良いのかなあと思います。東大の後期試験に類似した形式なので、受験生にも良いかもしれません。
(別紙参照の筈の)MDRAGの詳しい説明はまだ書いてませんし、問題文も適切かは分かりませんので、訂正案があればどうぞ連絡を。MDRAGは後述の参考文献に詳しいです。
問
MDRAG(market-directed resource allocation
game、別紙参照)とは、人間(エージェント)の選好の多様性の有無が市場が均衡に到達する為の必要条件であることを検証する為に作られたABM(agent-based model)である。これのシミュレーション結果を検証する為、MDRAGを簡略化したモデルを解析的に解く。その過程を表した以下の問に全て答えよ。
(1)ステップtにRoom1が勝つ確率をα(t)とした時、その回での選好Lの戦略(戦略L)の得点変化f(L, t)の期待値を求めよ。但し、戦略Lを「確率L/PでRoom1、1-L/PでRoom2を選ぶ戦略」と見做してよい。尚、戦略は勝ったRoomを正しく予想した場合、1の得点が与えられるとする。
(2)ステップ1からTまでの得点変化の総和を取ることにより、ステップTでの戦略Lの得点F(L,T)を求めよ。
(3) Room1,2に配置される資源の量をそれぞれM1,M2(M1>M2、一定)とする。M1>M2よりα(t)>0.5と仮定する。その際、各エージェントは自分の持っている戦略のうち、どれを採用することになるか。Tは十分に大きいとして、F(L,T)をLで微分し、簡単に説明せよ。尚、F(L,T)は戦略Lの実績を表しており、これが最大の戦略をエージェントは選択し行動するものとする。
(4)あるエージェントが選好L’を選択する確率p(L’)を求めよ。但し、エージェントが持っている戦略の個数はSであり、各戦略の選好Lは0~Pの整数の中から等確率に与えられるとする。
(5)Room1を選択するエージェント数の平均R1を求めよ。但し、エージェントの総数はNである。
(6)効率的な配分はRoom1を選ぶエージェント数がN’=N*M1/(M1+M2)のときである。このとき、R1>N’であればこの配分は達成可能で、R1<N’であれば不可能である。その理由を説明せよ。その際、ここまでの計算で用いた仮定の一つを外すとよい。
(7)MDRAGでは効率的資源分配が可能なパラメータ範囲とそうでないものがあり、前者を均衡相、後者を不均衡相と呼ぼう。液体と気体のように、物理学ではこのような相の間の関係性に興味がある。ところで、このような相と相の境目となっている点を何と言うか、答えよ。
参考文献
Ji-Ping Huang: Experimental Econophysics.
Springer, Berlin (2014)
登録:
投稿 (Atom)